障害持ってるんだから手助けして!は甘え?

こんにちは

感音性難聴で障害者手帳4級のあきです。

先日、初めての写真の仕事をドイツでやることになって、電車を使ってドイツに行ってきたんですが、その際に、もともと乗り換えなしでいけるはずの路線が変更になって、車内放送が日本語ですら聞き取れない私はそのまま乗り続けて違う方向に行ってしまいました。
でも少し遅れながらも目的地には何とかたどり着けたのでよかった!

わりとこういったことはよくあって、いつもどうしているかというと、みんがの動きを観察していたり、車内の情報の画面だったり、みんなが耳で情報を得ているところを、私は目で見てついて行くわけですから後手に回る感じになっちゃうんですよね。

なんとかならないかなと思ってるんですけどね。

電車の遅延、変更、運休等の情報が出たらすぐにアプリに通知に来るようにしたりとか?
日本だとヤフーの電車案内のアプリで、どこどこの遅れが出ていますとか通知が出たりしますが、あれも正直完璧じゃないですよね。

そういった問題があれば積極的に訴えていって、自分たちが当事者目線で何かを作り出すことが、今の社会に重要なのではないかなと最近すごく思います。

今回は、障害者として健聴者(健常者)がマジョリティな社会では障害者というマイノリティがどのような心構えで生きていけばいいのか、少し考えてみました。

今の社会はまだ障害者に優しくない。

正直なところ、今の日本の社会はまだまだ障害者に優しくない。
私の場合、耳が聞こえにくいことで欲しい情報が得られない、普通の人との会話が難しい、などで苦労してます。

耳が悪い人、聾唖の人だけでなく、身体障害を抱える人には段差がないようなスロープやエレベーター、エスカレーターのある街のデザインだったり、目が見えない視覚障害の方は点字や音声の情報が欲しいですよね。

でも今の社会ではまだまだそういった要望に満足に応えられてないです。

また、日本は障害を持っている人に対しての配慮を公正ではなく、平等だとはき違えている部分があるから、結果配慮になっていない、という実情がある
障害者にやさしくないと言える理由の一つ。

ちょっと公正と平等の違いを簡単に説明すると、

障害者配慮として、その人にとっての障害をなくせば健常者と同じラインに立てる、という認識が当たり前なのに、日本の社会では、障害が関係ないところで仕事をさせようとする。

例えば、私にとっての障害というのは耳が聞こえにくいということだから、細かいところが聞き取れない、聞きながら作業をする、などの障害があるけど、これらの障害をどうにかして埋めることができれば普通の人と変わらない仕事をすることができる

そういった認識を日本は持ててないから、聞こえなくてもいい仕事をさせようとするわけ。

これは下のツイートの左側、平等のイメージ。

一般的には障害者は普通の勉強、仕事ができないという認識だけど、障害は個性だからそれを尊重して普通に勉強、仕事ができるように、という公正な配慮をするのが欧米の考え方。

これが上のツイートで言う右側、公正のイメージ。

もう一つの有名なツイートはこういう感じ。

みんなは障害者配慮をずるいっていう風に認識してるのが今の日本の社会の現状だから、まずはその認識をなくせないと日本の社会は障害者にとって優しくなれないまま。

そんな社会で生きていくためには?

スポンサーリンク
ad for desktop1 aki25

きちんと伝える

「補聴器をしているから手助けが必要なのわかるでしょ?」的な態度だと、どんな助けが必要なのかはっきりとはわからないし、助ける側もあまり気持ちのいいものじゃない。
自分が経験していないことはわからんっていうのと同じように、いくら目に見えるわかりやすい障害でもどう対応して欲しいかはわからないもの!
そして、してほしいことは人によって違ったりするから、何かをしてもらいたい時には自分からこうして欲しいとしっかり伝えましょー。

また、このツイートが示すように、聾学校や学校の環境では何も言わないでも、先生や周りの友だちが手助けしてくれるけど、社会に出ればそんなフォローはないと思うんで、学生のうちから自分で伝える練習をしておくといいんじゃないかな?

補聴器のようにわかりにくい、または目に見えない障害を持ってる人は、名刺のようなものを作って、説明するときに一緒に渡すといいかもしれないね。

最近ではヘルプカードヘルプマークなるものが話題になってるようで、これを利用することでいちいち説明する手間が省けると思う。

これは障害者手帳の交付の有無は問わないから、それこそ、障害者に限らず、妊婦さんや精神疾患といった目に見えない障害を抱えている人でも、援助や配慮を必要としている方なら誰でも使えますよ!

ITリテラシーを高める

みんなに知って欲しいのは「障害者は配慮が必要な方ということじゃなくて、健常者が一番多いから配慮されてきただけであって、健常者には配慮がいらないというわけではない」ということ。

今の社会は健常者が大多数であり、彼らに合わせて作られてる。
そのため、健常者を基準として考えられているから、受動的に情報が入ってくるものでも、障害者にとっては能動的に情報を得ようとしなければならない、ということが往往にしてよくある。

このアンケートによると、「どんな場所で困りますか?」という問いに、1番目には学校・職場、2番目に交通が多く、そして病院なども3番目に来ているので、やはり聴覚障害者は自宅以外の日常生活で問題を抱えてます。

そして悩みは情報が入ってこないということ。

健常者なら入ってくる情報も私たちには入ってこないわけ。

でも障害があるからあれができない、障害あるのに配慮が足りないといって文句を言うだけなら誰でもできる。

そうじゃなくて自分でなんとかできることはなんとかした方が自分にとっても社会にとってもありがたいと思う。

では、障害者だからといって、みんなから取り残されないようにするにはどうしたらいいのか?

僕が思うに、”ITリテラシー”、つまり、ITに対する知識を身に付けないといけないんじゃないかって思う。

例えば、私が今回車内放送が聞き取れなかったことで、予定していた電車は乗れなくなっちゃったけど、違う電車だと気づいた時点で、諦めるんじゃなくて、どうにかして目的地にたどり着けないか考える必要があると思う。
そこで役に立つのは、駅員さんというサービスカウンターとかではなく、ネットという自分で調べる手段。

障害を抱える人にはサービスカウンターの人に聞きに行くのも一苦労だし、特に僕は聞き取りにくいので、一刻を争うときは筆談なんてしてるとたらたらしてんじゃねぇよって感じですよ。ちょっと口が過ぎましたが。

「ちんたらしてんじゃねーぞ」の画像検索結果

昔こんなお菓子なかった?笑

それはさておき、そんなときは自分で、携帯で、もしくはパソコンでさっとすぐに調べられたら一番早いんじゃないかなと思うんですよ。

今のテクノロジーの進化はすごいし、僕の夢はテクノロジーで障害の壁をなくすことなんですが、僕のようにハイテクに興味がある人とかその分野の人だけじゃなくて、むしろ障害のある人こそ利用すべきだと思う!

割り切る

今の社会はなんだかんだいって不満だらけ。
もちろん障害を持つ人々が何かを利用する上で問題が起こったときは、企業は何らかの形で補償します。
本当はそもそも補償しなくてもいいように、障害の有無に関係なく、誰もが公正に生きられるような社会になって欲しいけど、そんな社会の実現にはまだまだかかるだろうな〜

今の技術の進歩はすごいけど、問題の根本解決にはまだまだだから、それに対して失望するんじゃなくて、「まーしゃーない、こんなもんなんやな、」と割り切って今の社会を生き抜くという心構えが重要なんじゃないかなと思います。

最後に

障害者としての心構えといっても、私自身がこうして生きているという話なので、これが全てではないです。

だけど、こうしていった方が自分だけじゃなくて、社会のためにもなるんじゃないかな?と思ってます。

いつも言っていることですが、障害を理由にやらなかったり、できなかったことにするのは簡単ですが、その不利益を被るのは私たちだけなのです。

行動を起こさなければ何も変わらないので、社会をよくするためには、声を大にしていきましょ〜!

今回はこんな感じで、

ではまた

スポンサーリンク
ad for desktop1 aki25